小さな会社のM&A(買収)には事業譲渡(事業譲受)による取得をおすすめする2つの理由

本日は、小さな会社をM&Aで取得する際の手法として何を選択するのがよいのか、という点について紹介します。

ある企業の経営者から、『うちの会社買ってくれない?』等と相談を受け、取得を考えている買い手側の経営者の参考になれば幸いです。

 

結論から先に言うと、『個々の案件により状況が異なるため、一概にベストな手法を決めることはできない』です。

そんなことを最初から言ってしまうと、身も蓋もないので、一般的なケース(選択肢の一つ)として紹介します。

 

なお、言葉の定義として、本投稿は買い手側からの説明なので、本来であれば、『事業譲受』『株式譲受』と表現すべきですが、買い手側・売り手側関係なく『事業譲渡』『株式譲渡』と表現するのが一般的だと思いますので、本投稿でも『事業譲渡』『株式譲渡』と表現しています。

( ※ 本投稿は、投稿日現在の状況等に基づき記載しております )

 

 

はじめに

本投稿の主な前提を記載します。

買い手側の立場から

買い手側(取得者側・購入者側)の立場からの投稿です。

買い手側が、ある企業・事業(以下、『対象企業』『対象事業』という)を取得しようとした場合に、どのような手法を選択するのがよいのかについて検討します。

売り手側目線ではありません。

 

小さな会社とは

小さな会社(または事業)、中小零細企業(または事業)を対象企業、対象事業として取得・購入するケースについて検討します。

規模感としては、(あくまでイメージですが)総資産20億円以下ぐらいの会社を、小さな会社、中小零細企業と定義します。

 

M&Aの手法

M&Aの手法としては、株式譲渡、事業譲渡、会社分割、株式交換などなどがありますが、今回は株式譲渡と事業譲渡の比較で、小さな会社を取得する場合の買い手側の手法を考えていきます。

手法を限定している理由としては、

  • (統計をとったわけではないですが)一般的にこの規模のM&Aだと、株式譲渡と事業譲渡が多い
  • 会社分割も選択の余地はあるが、実質的に事業譲渡と効果が同じになる手法を選択することが多い

 

小さな会社における、一般的な株式譲渡と事業譲渡を比較すると、

 株式譲渡 事業譲渡
 定義  被取得会社の株主が、被取得会社株式を取得会社に譲渡し、取得会社は被取得会社株式を取得、被取得会社の株主は対価として現金預金を取得する手法  被取得会社が、被取得会社の事業を取得会社に譲渡し、取得会社は被取得会社の事業を取得、被取得会社は対価として現金預金を取得する手法
(買い手側)
メリット
  •  資産負債をすべて取得できる
  • (包括承継のため)事務手続きが簡便
  • 不動産の移転コスト(消費税、登録免許税、不動産取得税等)がかからない
  •  必要なもの、欲しいものだけを取得できる(≒簿外債務の遮断)
  • DDコストを抑えられる(≒専門家コストの削減)
  • 営業権の計上・償却ができる
(買い手側)
デメリット
  •  不要なもの、いらないものまで取得してしまう
  • デュー・デリジェンス(以下『DD』という)コストが高くなる
  • 営業権の計上・償却ができない
  •  資産負債をすべて取得できない
  • (個別承継のため)事務手続きが煩雑
  • 不動産の移転コストがかかる

 

 

 

事業譲渡をおすすめする2つの理由

一般的な株式譲渡と事業譲渡の比較でも記載した、事業譲渡のメリットを享受できるため、私は、小さな会社を取得する場合は、(一般的に)事業譲渡をおすすめしています。

メリット3つ目の営業権については、常に計上できるわけではないので、単に営業権の計上だけを狙って事業譲渡を選択する余地は少ないかと思います。

 

簿外債務を遮断できる

小さな会社の取得に株式譲渡を選択すると、対象企業のすべてを取得するため、必要なもの・欲しいもの、不要なもの・いらいないものの区別なく、すべて取得してしまいます。

対象企業のすべてを取得したい場合には問題ないですが、必要なもの・欲しいものが限定されている場合には、買い手側としては何らかの対策をする必要があります(株式譲渡によりすべて取得した後に不要なものを売却する等)。

 

上記のように、まだ見えている資産・負債ならば、不要なもの・いらいないものの取得も百歩譲って、譲渡価額等で調整してもらい、クリアできると仮定します。

しかし、現時点で見えていない債務、簿外債務については、株式譲渡では遮断することができず、必ずついてきてしまいます。

この点、事業譲渡を選択すると、必要なもの・欲しいもののみを選別して取得できるので、取得するのは見えているもの・(基本的に)数値化できるものに限定することができるので、見えない・数値化できない簿外債務を遮断することができます。

 

小さな会社のM&A、事業再生を数多く関与してきた私の経験から言わせてもらうと、大なり小なり(良い悪いは別にして)小さな会社の決算書には不適切な会計処理があると感じています。

基本的には、税務申告や金融機関向けの決算書ですので、利益(資産)の過大計上等が多々あり、(会計ベースとしての)決算書の信頼性は乏しいと感じています。

そのような決算書を信頼して、株式譲渡によりすべてを取得し、許容できない簿外債務まで負ってしまうリスクは高いと感じています。

 

このような私の見解に対しては、以下のような反論もあると思います。

  1. 徹底的にDDを行い、簿外債務を定量化すればよい
  2. 契約書の表明保証条項、損害賠償条項で担保すればよい

 

1.については、すべての簿外債務を発見し、予測し、定量化するのは不可能だと思います。また、(次のメリットとも関連しますが)譲渡価額が多額ではない小さな会社のM&Aに対して、多額の専門家コストをかけて詳細なDDをやる意義は乏しいと思います。

小さな会社のM&Aの譲渡価額はそこまで高くならないと思いますので、そこに財務DD、税務DD、法務DD等をフルで実施し、数千万円かけるのはチョツト違うのかなぁと感じてしまいます。

 

2.については、確かにそうですが、表明保証条項、損害賠償条項をつけたところで、そもそもその実効性に疑問があると思います。

例えば、株式譲渡実行後に、数億円の支払債務が簿外債務として発見されたとしても、株式譲渡価額が数千万円の規模だったら、株式の売り手側は取得した株式譲渡価額でその簿外債務を保証することは不可能ですし、個人的にその規模の資産を保有している可能性も乏しいと思います。

 

はじめから事業譲渡を選択し、必要なもの・欲しいもののみを取得することにより、簿外債務も遮断できますし、表明保証条項、損害賠償条項の実効性を考える手間も省けます。

 

 

専門家コストを削減できる

株式譲渡を選択すると、対象会社(事業)のすべてを取得することになるため、買い手側の心理としては、取得するすべてについてDD等を実施して詳細を把握し、譲渡価額の妥当性、リスクの有無等を認識したいと考えます。

どんなに小さい会社のDDであっても、公認会計士、税理士、弁護士等がフルパッケージDDを実施するとなると、調査・分析、レポーティング等で最低50万円以上(各DDごとに)はかかると思います。

そこまでやっても、そもそも信頼性の乏しい決算書、信頼性の乏しい資料に対してDDを実施するので、手間はかかり専門家コストが上がる一方で、簿外債務をすべて発見できる保証はありません。

 

事業譲渡を選択すると、対象会社(事業)の必要なもの・欲しいもののみを取得するので、取得するものについてのみDD等を実施して詳細を把握し、譲渡価額の妥当性、リスクの有無等を認識すれば足ります。

(第二次納税義務を負う場合を除き)税務DDは不要となり、財務DDと法務DDは必要な部分のみ実施すればよいので、DD等にかかる専門家コストを最小限に抑えることができます。

例えば、財務DDで売掛金の回収可能性を調べるのに時間・コストがかかるならば、これをすべて譲渡対象外として対象会社においてくることも考えられます(運転資金の不足については自己資金等で賄う必要がありますが)。

 

各DDの結果については、レポートできちんとまとめる必要もなく、A4用紙1枚のメモで十分という場合は、さらにDD等にかかる専門家コストを削減できます。

小さい会社のM&Aにおいては、関係者に説明がつく程度のレポートで十分だと考えられます。

小さい会社のM&Aにおいては、不必要に枚数の多いレポートは誰も読まないですし、単なる専門家の自己満足なのかなとも思います。

 

さらに、事業譲渡で運転資金等、流動性の高いモノをすべて譲渡対象外として対象会社においてくると、調査日から譲渡実行日までの変動を追う必要もなく、譲渡価額調整のためのクロージングDDを実施する必要もなくなります。

 

事業譲渡を選択することにより、DD等の手間も省け、コストも削減することができます。

 

 

例外

例えば以下のようなケースの場合には、事業譲渡よりも株式譲渡の方がメリットがある可能性が高くなります。

  • 不動産が多額にあり、消費税、不動産取得税、登録免許税が多額に発生する
  • 事業の運営には対象会社が持っている許認可等が必要
  • 対象会社が持っている繰越欠損金を利用したい

 

まとめ

100件のM&Aがあれば、100通りの手法があるように、どの手法を選択すべきかは個々のM&Aの内容等によりメリット・デメリットを洗い出し、最適な手法を選択することとなります。

単なる経済的メリットよりも、経営者が何を重視しているのか一番に考えて最適な手法を選択するのがよいと思います。